匂いの神様 64
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「なんじゃ、お主、そんな事を考えていたのか。意外と、可愛い奴よのう。」
「な、何だとコラ!」
バカとかアホなら耐性のある栗田君だが、可愛いとは言われ慣れていない。男のプライドを傷つけられたような気がして、思わず声をあげてしまった。
「まぁ、落ち着いてください。先ほども言ったとおり、私達神は人に対してあまり記憶力がいいほうじゃ、ないんですよ。」
「うむ。したがって、よっぽどのことをされない限りは、怒りや悲しみをもつこともない。」
「口の中に靴下は・・・よっぽどじゃ、ないのか。」
「なぁに、大丈夫じゃ。それくらいされても死にはせん。腐っても神じゃ。」
「ええと・・・と、いうことは・・・。」
一本、二本と、栗田君は指を折って話を整理しようとしている。
「そうだ!この術を、解いてくれよ!」
「モテモテ・プンプンの術か・・・しかし、お主が望んだ術なのじゃぞ?」
「いや、物事には限度ってものがあるだろ!」
「ふむ。度が過ぎたか・・・調整が上手くいかなかったのかのう?」
「どんな術なのですか?それは。」
栗田君と匂いの神様の話の中に、味の神様が手を上げて入ってくる。
「男には殆ど感じられない匂いを発する実を、胃の中に入れて体中から発散させるんじゃ。」
「ほうほう。面白そうですね。」
「おい、こら、ちょっと、脱線するな、脱線を。」
「ですが、現代の建物はコンクリートが主流ですからね。襖や障子の時代に比べると、気密性が高いから威力が強すぎるのかもしれません。」
「なるほどのう。」
すぐに、栗田君を挟まないで話が進むようになってしまう。
「こらああああ!」
「やれやれ、うるさいやつじゃのう。」
匂いの神様は、しぶしぶと栗田君の方を向くと、杖で栗田君の頭をカーンと叩いた。乾いた音が、あたりに響きわたる。
「ほれ、術が解けたぞい。」
こともなさげに、匂いの神様が言う。
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匂いの神様 63
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「今度は、嘘をついてはいないようですね。」
「わかっとるわい!・・・すると、お主は、術を使っている最中のわしに、その、靴下を投げ込んだ・・・というわけか。」
「匂いのきっつい奴をね。」
ああ、人生が今終わった。と思いながら、栗田君はやけっぱちで答えた。栗田君は神道でも仏教でもキリスト教でもなかったが、仮にも、神様を相手にそんな狼藉をしては、ただでは済まされないだろうということは、いくら栗田君でも想像に難くなかった。
「・・・。」
「・・・。」
「あの・・・。」
沈黙に耐えられなくなった栗田君が声をかけようとしたとき、突然匂いの神様と味の神様は顔を突き合わせて笑い出した。
「あーはっはっは。面白い小僧じゃわい。」
「くっくっく・・・ええ。これは、そう簡単に忘れられそうに無いです。」
呆気に取られている栗田君を放って、神様達はしばらく膝を叩いて、お腹をかかえて笑い続けた。
「えーと、あの・・・。」
「ふー。久しぶりに、大笑いした気がするぞい。」
「ええ、僕もです。」
「その、ちょっと。」
「今度、音の神様に会ったときに伝えておきましょう。」
「ほっほっほ。そりゃいいわい。面白い酒が飲めそうじゃ。」
「おい!ちょっとってば!」
栗田君が大声を出すと、二人で話していた神様達が振り返る。
「あの。」
「なんじゃ。言いたいことがあるなら、はっきり言わんかい。」
「言いたいこと・・・うーん。」
腕を組んで、少し考える。今、言いたいこと。それが胸の中で形になるまで、多少時間がかかった。
「そう、そうだ。結局・・・俺は、お咎めは、なし?」
栗田君の発言を聞くと、神様二人は顔を合わせて、再び笑い出した。
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匂いの神様 62
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「わかったよ!ここでウダウダしてても、しょうがないんだよな!」
「ええ、物分りがよくて助かります。」
破顔一笑する味の神様に比べて、栗田君の気持ちは重かった。嘘は言えないのだから、ことのいきさつを正直に話すしかないのだが、その内容が匂いの神様に喜ばれるとは、とても思えない。
「実は・・・匂いの神様が、魔法をミスったっていうのは、嘘なんだ。」
ピクリと、匂いの神様の耳が動いたのを、栗田君は見逃さなかった。どこか上の空だった匂いの神様が、急に活気付いて話に参加してきた。
「やはり、そこが嘘じゃったか!このわしが、術を失敗するわけがないのじゃ!そもそも、匂いというものは神々の中でも歴史が長く・・・」
「まぁ、まぁ。最後まで話を聞いてみようじゃないですか。」
夜店で釣ったヨーヨーのようにピョンピョンと跳ねる匂いの神様の襟元を掴むと、味の神様は栗田君に話を続けるように促した。
「うん・・・。匂いの神様が、うちのラーメン屋のスープの匂いを嗅がせてくれるっていうから、それはマズイと思って、とっさに靴下を投げて口の中に入れたんだ。」
「く・・・靴下・・・じゃと。ま、まさか今おぬしが履いているレベルの、強力な奴か!」
「だって!望んでもいないのに匂いを嗅がされたら、親方を裏切ることになるから・・・つい、夢中で!」
栗田君は、つい声を張り上げてしまった。
「ちなみに、その時は仕事帰りだったから、今の奴よりも強力な匂いだったはずだよ。」
言わなくてもいいことまで、口に出してしまう。
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匂いの神様 61
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「なんだよ・・・説明して欲しいことって。」
神様達の言うことがわからずに、苛立たしげに、栗田君は尋ねる。
「それは、あなたが隠そうとしていることですよ。あなたが私達に説明をしてくれたとき、少しあなたの動作に不自然なところがあったのです。人は、完全に嘘をつくことはできません。」
「ふ、不自然?」
「ええ。人との付き合いはそれなりに長いですからね。僕達のように、突出した感覚を備えている者なら、匂いなり、味で嘘をついていることがわかるのです。」
匂いはともかくとして、味はどうやって確かめるんだよ。そう、突っ込みたくなったが、口の中ですりつぶして飲み込んだ。
「・・・。」
「答えられないというのでしたら、それで結構ですよ。ただ、それでは匂いの方が術を解くことはないかもしれません。何故術をかけたという事情は忘れてしまったようですが、もしかしたら匂いの神様はあなたが悪行を働いて、それを懲らしめるために術を使ったのかもしれません。そうであれば、あなたの言葉だけを信じてむやみに術を解くわけには行かないのです。」
「うう。」
味の神様の説明はわかりやすく、そしてごく当然の理屈を言っているように聞こえた。後ろに立っている匂いの神様が、「わしが言いたかったことじゃ」という感じでうなづいているのは少し気に入らなかったが、彼らに嘘が通用しないというのは本当のようだった。実は、栗田君はさっき神様達にいきさつを話したときに、匂いの神様が術に失敗した、本当の理由を説明しなかったのだ。やましいから、隠したのではない。話がこじれるのが面倒だったから、あえて話さなかったのだが、まさかそれを見抜かれるとは思っていなかった。
うーん。どうしよう。本当のことを言って、怒らないかなぁ。このじいさん・・・。
栗田君は、悩んだ。
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匂いの神様 59
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「やれやれ、やっと着いた。この辺りなら、落ち着いて話せると思うのですが、どうでしょうか。」
「・・・うむ。ここは、公園か?」
「いえ、そこに立っているマンションの敷地内です。」
「ほう。あれがマンションなのか。てっきり、ホテルか商社ビルかと思ったぞい。」
「人通りは少しありますが、死角が多いので便利なのですよ。」
「・・・。」
「・・・。オホン。あ、気が付いたようですね。」
まぶたが自発的に開きだすと、うっすらと、目の前の霧が晴れていく。大きなビルと、匂いの神様と、味の神様がこちらを覗きこんでいるのがわかる。どうやら、自分は今ベンチの上に寝かされているようだ。
目を開く前から、どこか遠くのほうで神様達の声は聞こえていたのだが、字幕の映画に流れる音声のように、栗田君の頭はそれを情報として処理することが出来ていなかった。
「う・・・。」
ここは・・・、渋谷の・・・マンションの敷地内。俺は・・・。
砂に埋もれていた絵が、突風であらわになるように、突然栗田君の頭はクリアに晴れた。もしかすると、匂いの神様が術を解いたのかもしれない。
「じじいっ!」
「まぁ、待ちなさい。」
声を荒げたところを、すかさず味の神様に止められる。
「さっき、店内で話したことを覚えているかい?僕達、神ってやつは忘れっぽいようにできているんだ。ここで突っかかっても、何も話は進まないから、ちょっと事情を説明してくれないかい。」
味の神様の、白くて細い、女性のような手が栗田君の鎖骨を抑えている。たいした力も入っていないのに、栗田君は何故か上体を起こすことが出来なかった。
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