匂いの神様 56

まとめて読みたい方は、こちらからどうぞ。

鞄の中で絡まってしまったヘッドフォンの紐のように、倒れた栗田君を中心とした人の塊は複雑に絡み合い、身動きをするものはいなかった。彼らが倒れこむドスンという大きな音に、味の神様も気づいたようだ。

「み・・・見つけた・・・ぞ。」

倒れた拍子に、女性が頭の上に乗っかったため、表情は見えないが、藁にすがろうとする断末魔のように、人の塊からゆっくりと手が伸びてきて、何かを探すように数回床を叩いた。

「どうやら、この人はあなたを探しているようですよ。」

味の神様は通話中の電話を切ると、腰を落として匂いの神様の耳元に小声で話しかけてきた。

「う・・・む。はて、しかし、わしはつい最近目が覚めたばかりじゃからのう。現世の人間に知り合いは居ないはずじゃが・・・。」

ピクリと、手が動く。体は相変わらず埋もれたままだが、二人の会話は聞こえているようだ。

「どれ、ちょっと、顔を見てみましょう。・・・しかし、なんだってこんな状態になってるんだ。ほら君達、ちょっとどきなさい。」

味の神様が、鯉に餌をあげるときのように、上品に軽くポンポンと手を叩く。一番上に乗っている女性が、伝記に打たれたようにピクリと反応したが、すぐに恍惚とした表情に戻って、再び栗田君にしがみついた。

「おや・・・。」

もう一度、手を叩くが、今度はしがみついた女性達には何の反応も見られなかった。

「これは・・・術がかかってますね。」
「ふむ。術じゃと。」
「・・・ちょっと、失礼。」

味の神様は、しゃがみこんで袖をまくると、一本だけ出ている栗田君の腕に人差し指をなぞらせ、その指を舐めた。

「この術は・・・間違いない、あなたのかけたものですよ。」

味の神様は、匂いの神様を見上げて言う。

「ふーむ。そういえば、最近誰かに術をかけたような気がするが・・・。さっぱり覚えとらんわい。」

栗田君の腕が、プルプルと震えている。

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2007年10月05日 言葉 トラックバック(0) コメント(0)

関係ねえ

会社の後輩に、「小島よしおも知らないんですか?」と、いささか呆れ気味に言われたので、久しぶりにTVを着けてみた。いくつかチャンネルを回したが、どこにも出演している様子がないので、ネットで動画を探して、見てみた。

・・・関係、あるじゃん。
ただの現実逃避じゃん。

何が面白いのかはわからなかったが、あの動きは脳裏に焼きついた。きっと、大切なのはそこなのだろう。

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2007年09月14日 言葉 トラックバック(1) コメント(7)

地球に優しい

CMや雑誌広告で、よく「地球を守ろう」とか、「地球に優しい」とかいうコピーを見ますが、どうも違和感を感じてしょうがありません。

○地球に優しい→どれだけ化石燃料を燃やしても、地球は壊れません。アラレちゃんのように割れたりしません。

○環境に優しい→生命が存在しづらい状態になったとしても、それも環境の一つです。「環境が優しい」なら言葉としてわかりますが、「環境に優しい」はちょっと変です。

○人を含めた周囲の動植物へ、甚大な影響を与えない。→文章にするとしたら、こんな感じでしょうか。ピンとこない上に、長くなってしまうのですが、綺麗なイメージをまとわせて、事態をあいまいにするよりは、よっぽどいいかと思います。

そもそも、人間を生んだのは自然である以上、本来は人間が何を行っても「自然」の一部だと思うのです。
鳥の巣は自然なもので、人の作った家屋は不自然なものでしょうか。藁葺き屋根なら、自然?竪穴式住居なら、より自然に近い?
人が、自分を自然でないと考えることは、どこか宗教の匂いを感じて、好きではありません。営みが複雑になっただけで、人はあくまで自然の一部なのだと、思います。

人はきっと、地球より長生きできません。優しくするのなら、まずは人間同士からだと、思うのですが。・・・これも、結局は宗教のような話になってしまいました。

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2007年08月31日 言葉 トラックバック(0) コメント(2)

言葉狩り

「男はつらいよ」という映画作品を知らない人は、殆どいないだろう。僕も、実際に見たことはないのだが、タイトルくらいは聞いたことがある。フーテンの寅さんが主人公で、葛飾を舞台にした作品であることも、知識として知っている。
ところで、フーテンとは漢字では瘋癲(ふうてん)と書き、辞書を引くと、意味が大きく二つある。

1、定まった仕事をせず、フラフラとしている人。今で言う、ニートというやつか。
2、頭のおかしい人(癲狂)、その状態

まさか、後者の意味であの主人公を呼ぶ人はいないだろう。というより、カタカナでフーテンと現されることで、一般的には片方の意味を失いつつあるのかもしれない。本来はあまりいい言葉ではないのだが、寅さんのおかげで、なんとなく気のいい人に使うというイメージを持つ人も、いるのではないだろうか。

本来、言葉はただの記号であり、それ以上の意味を持たない。新しい言葉が生まれる時の多くは、その状態や物を他の言葉に置き換えたりするのが難しかったり、説明的になって長すぎたりするから、やむなく新しい言葉を名づけるだけで、元々はただの意味の固定でしかない。
それが、後々になって形容という性質を持ち始め、例えば

〜のような人
お前は〜か
〜でも、そんなことはしない。

と用いると、その言葉が問題になったりする。
だが、その結果として新聞やTVなどで言葉を規制するのは、何の解決にもならない。丁寧な表現にしたり、学術的な用語を用いるようになっても、言葉というものは新しいイメージを付加し続けるものなのだ。
○○という言葉は差別的だから、△△という言葉を使うようにしましょう。と、世論が傾いて、誰も○○という言葉を使わなくなったとしても、いずれ△△という言葉は、前代の○○と同じようなイメージを持つ。

例えば、辞書を適当に引いて、パッと目に付いたところに差別用語が載っていたとしても、そのことに腹を立てる人は少ないだろう。言葉の歴史を説明しているだけの本(と、その編集者)に憤りを感じるようなら、残念だがその人は被害者意識が強すぎると言うしかない。

当たり前のことだが、差別というものは差別用語からではなく、差別する心、態度、そして、もしかすると無知からくるものだ。
著名人がメディアなどで、○○という言葉を使って発言したとき、その人がその言葉をネガティブなイメージを伝える手段として使えば、それはもしかすると差別で、非難を受けるべきかもしれない。だが、○○という言葉を封じるのは、意味が無い。というより、ただの無駄だ。

罪を憎んで人を憎まず

という言葉があるが、憎むべきは浅薄さまたは悪意を持って言葉を振り回す人々であって、言葉そのものではない。言葉とは、常に意味を変えていくものだが、変わる前の意味は、意外としっかりと記録されているものなのだ。特に、インターネットの普及で、人々の言葉は人類史上でも類を見ない規模で、保存されている。

おそらく、世界から差別はなくならないだろう。だが、それは差別用語が産むものではない。どんなに酷く聞こえる言葉でも、悪意を持って使わなければ、それはただの描写であり、もしかするとその言葉でしか表現できない、優れた言葉なのだろう。
不当に差別する人を糾弾することと、言葉を消滅させようとすること。この二つを混同しては、いけない。

「○○という言葉を使っては、いけない」
ではなく、
「○○という言葉をそのような(本来の意味とは違った、ネガティブな)意味で使うのは、いけない」
とするべきだろう。

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2007年08月24日 言葉 トラックバック(0) コメント(0)

不安という広告

今年の夏は、冷夏だそうだ。梅雨明けも遅く、つまりは異常気象ということになるらしい。
異常気象。なんだか、地球が壊れてしまいそうな、世紀末の頃の漠然とした不安を思い出すような、恐ろしい言葉だ。ワイドショーや新聞はこぞって冷夏の影響を捜して、例えば向日葵がぜんぜん育っていないことを、破局への道しるべのように取り扱う。僕達にできることといったら・・・エアコンの温度を申し訳程度に上げて、地球に優しくなった気になるくらいだろうか。

だけど、思い出して欲しい。今年のような冷夏ではなく、さんざん酷暑だった年でも、マスコミは騒いでいなかっただろうか?そう、夏の気温が高ければ、今度は「温暖化現象」という看板に付け替えて、同じように不安を煽る行動をとっているのだ。

不安ほど行動に結びつく効果的な広告はない。オイルショックにはトイレットペーパーが、水不足ではミネラルウォーターが、飛ぶように売れるのだ(TVの場合は、簡単に視聴率が取れる。誰だって、冬に咲く桜を報じていれば、少しは気になるところだろう)。

例えば、化粧品。気がつけば、一年四季、いつでも「このシーズンこそスキンケアに気をつけて!」という広告が載っている。

春:花粉症や変わり目の季節で、肌が荒れがち!今こそスキンケア!
夏:もはや常識、紫外線対策!今こそスキンケア!
秋:季節の変わり目!乾燥が始まる季節に、今こそスキンケア!
冬:乾燥、低温はお肌の大敵!今こそ・・・

確かに、季節によってとるべき対策は変わってくるのだろう。だけど、あんまりにも今こそスキンケアが多すぎではないだろうか。

活性酸素、メタボリック、悪玉コレステロール・・・知れば知るほど、息が詰まってくるような気がする。そして、お約束が決まっている子供向けの番組のように、必ず悪役に対処する方法がクローズアップされ、ブームになるのだ。ちょと前に流行っていた「悪玉コレステロール」を、今も真面目に気にしている人は、どれくらいいるのだろう?

こんなワンパターンがくだらない、とは思わない。人は不安を共有したがる生き物だから、こんな広告の仕方は、失敗の無い定石なのだろう。ただ、「なんだか、前もこんな話を聞いたような気がするなぁ」と思う人は、増えているのではないだろうか。

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2007年07月24日 言葉 トラックバック(2) コメント(4)