未完C−11

「・・・どうなんでしょう。」
会話の空隙に居た堪らない気持ちになり、若林は声を出した。医者は、ライトを白衣の胸のポケットにしまって考え込んでいる。

「どれくらいで、治るんでしょう。・・・その、仕事があるんですが。」
本当は、仕事のことなどどうでもよかった。ただ、「治るのですか?」という質問をしたくなくて、期間を尋ねてしまったのだ。Yes、Noで解答される質問をする勇気が、出てこなかった。

「そうですね。仰っている症状がわかりました。確かに、あなたの眼は太陽の光に反応していないようですね。」
医者は、悪びれもせずに、そう言った。今まで自分の事をどう聞いていたのかが、すぐにわかってしまったが、若林は言葉を飲んで、じっと医者の次の言葉を待った。

「それで・・・」
「それで、申し訳ないですが、この病院では詳しい調査をできません。紹介状を書くので、大学病院に行って下さい。」
「大学病院・・・ですか。」
医者はゆっくり頷くと、もう一度前かがみになって、若林の目を覗いた。
「なので、とりあえず明日は仕事をお休みになられたほうがいいと思います。」
「点眼とかで、治らないんですか。」
「ええ。無理です。ここではどうにも判断がつかないので。」
「そう、ですか・・・。」
大学病院では、どんな検査を受けるのだろう。話がどんどん大きくなっている気がして、眩暈がしてきた。

「ああ、それと。」
カルテを書き込みながら、医者がこちらを向いた。
「日中行動するときは、サングラスを買ってください。今のままだと、眼に強い光が入りすぎて危険です。」
「サングラス、ですか。」
家には一つも無い。帰りにどこかで買わなくては。
「それと、太陽をじっと見つめたりしないように。目には見えていなくても、光は差し込んでいるので危険です。」

「でも、先生。」
苦笑をしながら、若林は口を開いた。
「僕は、どこに太陽があるのかもわからないんですよ。」

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2007年04月19日 書き途中 トラックバック(0) コメント(0)

パーラメントの女 第二話 8

席に案内された小池達がメニューを拡げると、バーテンダーが水を持ってきた。小池が唇を濡らすと、微かに水とは違う何かの風味がした。その旨を先輩に伝えると、金縛りにあったようにバンドの演奏を見ていた先輩が、ハッと我に返って笑った。

「多分、レモンかなにかを絞ってあるんだろ。洗剤ってことはないだろう。」
そう言って、まだ濡れていないグラスを掴んで、ゴクゴクと旨そうに水を飲み干した。

「さ、香ちゃんは・・・飲めないんだったね。何でも好きなものを・・・って、高いなオイ、この店は。」
周りを確かめずに、大きな声で素直な感想をあげる先輩に対して、小池は苦笑いしか出来なかった。こんなことなら、学生時代にもう少し居酒屋に行っておけばよかったかもしれないな。
後悔というには軽すぎる、仄かな過去の可能性を考えた時、気が付くとバーテンダーが笑顔でテーブルの側に立っていた。もしかすると、さっきの先輩の声が聞こえていたかもしれない。
そんなそぶりを微塵も見せず、バーテンダーは笑顔だった。プロとしての技術なのか、言われなれているのかはわからないが、先輩達は彼が気を悪くしていないことに、とりあえずホッと胸をなでおろす。

「お客様方は、当店は初めてでございましょうか。」
「え、ええ・・・はい。まぁ。」
素直に答える一同を見渡して、バーテンダーは再び笑みを見せた。今までで一番彫りが深く、暗い影ができる笑顔だった。
「それでは、少々お話がございます。」

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2007年04月16日 書き途中 トラックバック(0) コメント(0)

未完C−10

カルテに書き込む赤ペンの動きが止まると、医者は困った様にそのボールペンで頭をかいた。
「えー・・・。ちょっと、目を見させてもらいますね。」
そう言って、胸ポケットからペンライトを取り出すと、下まぶたを引っ張って、まぶたが閉じないように抑えた。
「この光は、感じることが出来るんですか?」
「はい。何故かはわかりませんが、今までどおり普通に見えています。」

ふむ。と呟いて、医者は冷たい光を若林の目の中に刺した。

眩しい。

「瞳孔は、問題なく閉じていますね。」
だから、それは電気の光だからだ。そう言いたかったが、黙っていた。患者として、医者の妨げをするつもりは更々ない。藁にもすがる気持ちで、座っている丸椅子の縁を握り締めた。

「ちょっと、窓際で見てみましょうか。」
そう言って、医者は窓際まで歩いてカーテンを開けた。
「どうですか?眩しいとか、感じませんか?」
「はい。」
冷房が効いている室内の中で急に肌に温度を感じたので、太陽の光が入ってきていることは予想できるのだが、それを見ることはできない。

「じゃ、今度はそこの長椅子に座ってください。あ、ちょっと書類が置いてありますね。見えますか?」
ハハハと笑って、茶封筒をざっと脇に寄せる。ちょっとくどすぎる気がしたので、室内が見えるか?という問いには、答えなかった。
「じゃ、失礼します。」
再び、医者がペンライトを取り出す。
「えーと、そうですね。ちょっと、腰を落としてもらえますか?」
顔に熱を感じる、おそらく、丁度目に太陽の光が入る位置なのだろう。医者がペンライトを目の中に当てると、はっと息をのむ音が聞こえた。カチ、カチ、と、何度か目の中に光を着けているうちに、段々と若林の目が痛くなってきた。


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2007年04月09日 書き途中 トラックバック(0) コメント(2)

パーラメントの女 第二話 7

ドアを開けっ放しにしたまま立ちすくむ小池たち一行に、カウンターの中からバーテンダーが声をかけてきた。
「いらっしゃい。初めてのお客さんかな。」
役者が演じるバーテンダーの様に髪をオールバックにし、中々の男前の顔に笑顔を乗せると、誰しもがほっとしてしまう。それが、彼の売りだった。

「え、ええ・・・初めてですけど・・・。」
自分の大きな体を盾にし、後ろに隠れている先輩たちと顔を見合わせながら、小池はしどろもどろに答える。
「いきなりでびっくりしたかな。演奏はちょっと変わってるけど、いたって普通のお店だから、ゆっくりしていってよ。」
そんな馴れ馴れしい口の利き方でバーテンダーがテーブル席を指すと、いつの間にかボーイが音も無く背後に回り、そっと、開けっ放しだった扉を閉めた。演奏の音が漏れないようにするためか、コシタヲルズが衆目に晒されないようにするためか、小池たちを逃さないようにするためか・・・張り付いたようなその笑顔からは、真意は計り知れなかった。

「おい、なんだ、この店は。」
「なんだって言われても、知らないよ。たまたま、ハズレだったんだよ。たまたま。」
先輩達がコソコソ話している内容からすると、この店はやはり特殊な方らしい。純情な小池青年は少しだけほっとした。これが世の中の常識的な店なのだったら、彼が築き上げてきた常識は意味の無いものだったことになる。

「ウォォッ」
突然天に向かって叫んだギタリストの声に聞こえない振りをして、ボーイが店の案内をする。
「奥のテーブル席へ、どうぞ。」
そうやって指されたのは、ステージに比較的近い丸テーブルの席だった。壁側で、カウンターからもそこそこ近く、ステージの演奏も楽しめる。店の中でも、中々いいポジションなのだろう。もし、裸の男達が演奏しているステージを楽しむつもりならば、だが。

そのステージの最前列の席。あまり多くない観客の真ん中で、一人酒を飲んでいる女がいた。後姿でよくわからないが、かなり小柄で、足を組みながらハイペースでグラスに酒瓶を挨拶させている。

へぇ・・・。女の人が一人でいるんだ。凄いなぁ、あの人。
それが、小池青年がパーラメントの女に抱いた第一印象だ。幸か不幸か、その第一印象はぴったりと的中していた。


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2007年04月04日 書き途中 トラックバック(0) コメント(1)

未完C−9

どうしました?といわれて、若林は言葉に詰まった。自分の症状を、正しく伝えられる気がしないのだ。

「た、太陽が・・・。」
「え?太陽が?」
「その・・・太陽が、見えなくなったんです。」
育ちの良さそうな、肌ツヤのいい顔を横に倒して、医者は不思議そうな顔をした。
「その、比喩とかじゃ、なくて・・・太陽の光だけが、見えないんです。本当なんです!」
声を荒げたりしたらますます信憑性がなくなると思いながらも、段々と大きくなっていく自分の声を止められなかった。黒い革張りの、高そうな椅子にすわった医者は、妙な奴がきたなという風に、ボールペンで少し広くなりかけている額を掻いた。

「あの、こういう症状って、あまりないんですか。」
ちょっとした沈黙に耐え切れずに、若林が口を開いた。
「ええ、まぁ。僕の勉強不足じゃないといいんですがね。」
そう言って、その医者は苦笑いを浮かべた。

「ええと、若林さん。僕の顔は、見えるんですよね。」
意を決したように、椅子をくるりと回して、医者が尋ねてきた。
「はい。目が見えなくなったわけじゃ、ないんです。ここは、電気が着いていますから、先生の顔は見えます。」

「ふーむ。なるほど。」
そう言って、何かをカルテに書き込んでいる。
「いつから、こういう症状に?」
「今朝からです。」
「何か、前日に変わったことはしませんでしたか?どこかをぶつけたとか。」
「いえ・・・飲み会から帰って、まっすぐ寝ました。どこかにぶつけたとかは、ないと思います。」
「ふむ。太陽の光が見えない。ということは、今、この場所はどう見えているのですか?」
「どうって・・・そうですね。外が真っ暗ですから、真夜中に診察して頂いている感じです。」
自分の言葉は、きちんと伝わっているのだろうか?この医者は、実はカルテに何かを書いている振りをしているだけじゃないのか?
もどかしさと、疑心暗鬼が心を暗く包む。

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2007年04月02日 書き途中 トラックバック(0) コメント(0)